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仙台高等裁判所 昭和38年(ナ)1号 判決 1964年2月18日

原告 西方利馬 外一名

被告 山形県選挙管理委員会

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「昭和三七年九月一〇日執行の山形県上山市長選挙は、無効である。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告西方利馬、同三浦徳三郎は、ともに昭和三七年九月一〇日執行の山形県上山市長選挙の選挙人である。

二、当時までの上山市長松本長兵衛は、同月一五日任期満了となるものであつたが、同年八月一八日上山市議会議長永田亀之助に対し、一身上の都合を理由として同年八月三一日をもつて退職する旨の退職申立をした。上山市議会は、同月二〇日の会議において、右市長松本長兵衛の退職申立に同意を与え、右議会の議長木村庄次郎は、同月二一日文書をもつて、上山市選挙管理委員会に対し、上山市長松本長兵衛から退職申立があつたことおよび右申立に対し、上山市議会が同月二〇日の会議で同意を与えたことを通知し、右選挙管理委員会は、同日右通知書を受理した。

三、したがつて、上山市選挙管理委員会は、公職選挙法第一一四条、第三四条の規定によつて選挙を行わなければならないことになつたのである。

四、しかるに、上山市選挙管理委員会は、前項の法規に違反して、同年八月三一日上管告示第六一号をもつて、公職選挙法第三三条第一項の規定により、上山市長の任期満了による選挙を同年九月一〇日に執行することを告示し、同年八月三一日午前八時から市長選挙の立候補届出の受付を開始し、同日前記同月一八日市長退職の申立をした松本長兵衛と、同市議会前議長の永田亀之助が立候補の届出をし、ともに同日その届出が受理された。以後他に届出をした者がなく、同年九月一〇日選挙が執行され、開票の結果は、次のとおりであり、松本長兵衛が当選した。

投票総数     二一、九四四

有効投票数    二一、六七〇(無効投票数二七四)

松本長兵衛得票数 一一、一九一

永田亀之助得票数 一〇、四七九

五、しかしながら、右選挙は、次の理由により無効である。

1(一)  前掲第二項記載のとおり前市長松本長兵衛は、昭和三七年八月一八日退職の申立をし、市議会は、同月二〇日の会議においてこれを承認し、同市議会議長は、同月二一日同市選挙管理委員会に対し、文書をもつてその旨通知し、右通知書は、同日受理されたから、上山市選挙管理委員会は、公職選挙法第三四条の規定による選挙をなすべきであつたのに、あえて同法第三三条第一項の規定によつて市長の任期満了による選挙告示をしたのは、明らかな法規違反である。もし上山市選挙管理委員会が公職選挙法の規定を遵守して、同法第三四条の規定による選挙告示をしたとすれば、同法第二五九条の二の規定が適用されるので、この選挙に松本長兵衛が立候補して当選したとしても、その任期は、昭和三七年九月一五日までとなるから、当該選挙の選挙人ら中松本長兵衛に投票する者の少なかつたことは至極当然であり、対立候補たる永田亀之助の当選は必然であつた。したがつて、上山市選挙管理委員会のした右違法告示は、選挙の結果に異動を及ぼす虞があり、これにより執行された右選挙は無効である。

(二)  もつとも、松本長兵衛は、昭和三七年八月三〇日上山市議会議長に対し、「退職申立の撤回」と題する書面を提出して、同月一八日にした市長の退職申立を撤回する意思表示をし、右文書は、同日同市議会事務局員の佐藤賢二によつて受理されており、上山市選挙管理委員会書記長酒井寿男は、右事務局員の佐藤賢二を使そうして、同年八月三〇日の退庁時間後である午後五時一〇分ころ同市議会議長名を使用した同市選挙管理委員会委員長あての「市長の辞任申出撤回について」と題する書面を右委員会の事務局に持参させ、右書面に押印された同日付の受付印の下に右委員会の職員佐竹源治が「午後四時四五分」と記載し、あたかも同市議会議長から昭和三七年八月三〇日執務時間中に市長の退職申立の撤回の通知がされた如くに装う文書があつて、被告は、これを理由に、同年同月三一日の選挙告示前に松本長兵衛の市長退職申立は撤回されたので、前記の告示が公職選挙法第三三条第一項によつたのは適法であるというかも知れないが、この論は、以下のとおり誤つたものである。

第一に、前記のように、松本長兵衛が市議会議長あてに市長の退職申立をしたのは、昭和三七年八月一八日であり、同月二〇日には市議会の承認があり、同月二一日には書面をもつて市議会議長から市選挙管理委員会に対し、市長の退職申立のあつたことおよびこれが市議会の承認を得たことが通知され、同日右選挙管理委員会によつて受理されているのであるが、松本長兵衛の右退職申立書には「この度一身上の都合により昭和三七年八月三一日をもつて市長の職を退職したいので、議会の承認をお願いいたします。」とあるように、右市長の退職を実現するためには、退職の申立と議会の同意という二個の行為を必要とし、これがあつて初めて退職が成立するものであるところ、松本長兵衛の市議会議長に対する退職申立およびこれに対する前記公の機関たる市議会の同意ならびに市選挙管理委員会の通知受理の各処分があつたのであるから、たとい松本長兵衛の退職が昭和三七年八月三一日の到来とともに効果を発生する始期付退職であつても、市長の退職は有効に成立、確定し、松本長兵衛はもちろん市議会その他の第三者をも拘束し、これにより新しい法秩序が形成され、松本長兵衛が任期満了前に退職したことを前提として市長選挙を執行しなければならないことになつたのである。しかも、松本長兵衛が退職の申立をした翌々日である昭和三七年八月二〇日に市議会の議長である永田亀之助が右市長退職に呼応して市長立候補を理由に議員の辞職をしている事実もある。したがつて、松本長兵衛の退職申立およびこれが議会の同意によつて右のように新しい法秩序が形成された以上、市長の退職申立の撤回は許されないものというべく、松本長兵衛が昭和三七年八月三〇日にした右市長の退職申立撤回の無効であることは当然である。

なお、右のように市議会の同意があつた後、市長退職申立撤回の許されないことは、公職選挙法に退職申立の撤回についてなんらの規定のないことによつても明白であり、行政実例においても、昭和二三年六月一二日以降かく取り扱われているのである(昭和二三年六月一二日宮崎県総務部長あて自治課長電信回答)。

第二に、もし仮に、松本長兵衛が昭和三七年八月三〇日市議会事務局に対し、書面をもつてした市長の退職申立の撤回が有効であるとしても、市選挙管理委員会は、選挙告示をした同月三一日午前八時までの間に市議会議長から市長の退職申立の撤回があつた旨の通知を受けていない。

なお、佐藤賢二が同月三〇日午後五時過ぎに市選挙管理委員会に持参した前記市議会議長名義の市長の退職申立撤回の通知書なる文書は、前記のとおり偽造の文書であつて効力のないものである。のみならず、公職選挙法第二七〇条の二の規定によると、選挙管理委員会に対する届出、請求、申出その他の行為は、午前八時三〇分から午後五時までの間にしなければならないことになつており、本件においては、市選挙管理委員会の職員である佐竹源治が右撤回通知なる書面にあえて「午後四時四五分」と記入して、あたかも同時刻に右書面が市選挙管理委員会に到達したように装うた事実は、明らかに上山市選挙管理委員会においては、右書面を午後五時過ぎには受理できないことになつていたことを如実に物語るものである。

いずれにしても、昭和三七年八月二一日以降市選挙管理委員会が市長の退職申立の通知を受けた状況に変りはないのであるから、右選挙管理委員会がした前記選挙の告示は、公職選挙法第三四条によるべきものである。

2、次に、上山市選挙管理委員会は、右選挙に際し、同選挙に立候補した前市長松本長兵衛の選挙を有利にするため甚だしい選挙干渉をしたが、これは、公職選挙法の精神である「公明と公平」の精神に反するもので、しかも、その違反は、選挙の結果に異動を及ぼす虞があるから、この点からも右選挙は無効である。すなわち

(一)  上山市選挙管理委員会は、昭和三七年八月一八日既に市長の退職申立をした松本長兵衛が同月三一日に告示される市長選挙に立候補するものである事実を知りながら、かつ、同人がそのまま右選挙に立候補した場合、当選したとしても、その任期が同年九月一五日限りとなるので、選挙の結果が同人に甚だしく不利になるのを防止して、同人に当選を得させる目的をもつて、右選挙管理委員会書記長酒井寿男が所管外である市議会事務局の事務に干渉して、同年八月三〇日午後四時ころ上山市庶務課長心得大場安吉を通じて、松本長兵衛に対し、即時市議会事務局長あてに市長の退職申立の撤回書を作成して提出するようにしようよう指導した。

(二)  そして、右酒井寿男は、同日午後五時一〇分ころ権限のない市議会事務局職員佐藤賢二を使そうして市議会議長名義をもつて市選挙管理委員会委員長あての市長退職申立の撤回の通知書を偽造させ、同日午後五時一〇分ころ同人が右選挙管理委員会に持参した右通知書に、あたかも同日退庁時間前に受理したように装うため右通知書の受付印の下に右選挙管理委員会の職員佐竹源治が「午後四時四五分」と記載した。

(三)  右選挙に立候補した永田亀之助は、右選挙は、公職選挙法第三四条によるべきものを誤つて同法第三三条第一項によつて告示したのは違法であると主張して選挙運動を展開したところ、上山市選挙管理委員会は、同年九月八日、九日の両日広報車二台をくり出して、「今回の選挙は、公職選挙法第三三条第一項による告示でよいのである。したがつて、松本長兵衛が当選すれば、その任期は四年である。永田派の主張は誤りである。」と市内くまなくふれ廻つた。このことがあつてから、永田候補派の運動が甚だ不利となつて、開票の結果、七〇〇余票の差をもつて破れたのである。

もし、上山市選挙管理委員会が右のような違法をしなかつたならば、その選挙の結果は、永田亀之助の大勝であつたことはまちがいのないところであつて、右違法は、まさに選挙の結果に異動を及ぼす虞あるものといわなければならない。

六、なお、本訴の前提手続である原告らの訴願に対する山形県選挙管理委員会の裁決書は、昭和三八年四月二四日原告らに送達された。

七、よつて、原告らは、被告に対し、右選挙を無効とする旨の判決を求めるため本訴請求に及ぶ。

とこのように述べ、

被告の主張に対し、

一、被告主張の第七項1の事実、同項2の事実中上山市長松本長兵衛が上山市選挙管理委員会において同項1記載の決定をしたことを知つたこと、松本長兵衛が昭和三七年八月一八日付で上山市議会議長に対し、同月三一日をもつて退職したい旨の申立をしたこと、市議会が同月二〇日右退職申立に対し同意したこと、同月三〇日午後四時三〇分ころ市長松本長兵衛から市議会議長あての退職申立の撤回書が市庶務課長心得大場安吉によつて市議会事務局に持参されたこと、その際、事務局長小関範夫は会議で花巻市に出張して不在であり、係長石塚庄太郎も仙台市に出向いて不在であつたこと、右小関範夫および石塚庄太郎が同日午後一〇時ごろ帰庁したこと、小関範夫が同月三一日午後二時三〇分ころ市議会議長をその自宅に訪問して、市長退職申立撤回事件について報告したこと、同日午後五時ころ市議会運営委員会が開催されたことおよび同月三一日市選挙管理委員会によつて、市長の任期満了による選挙が告示されたことは認めるが、被告の主張事実中原告らの前記主張に反する部分は否認する。

二1、市長松本長兵衛の退職申立にはなんらかしはないものである。市長の退職申立は、いわゆる私人の公法行為と解すべきものであるから、大体において、私法上の法律行為ないし意思表示理論を類推適用してさしつかえないと考えるが、市長の退職申立は、市議会の議長に対してなす公法行為であるから、公法行為に要求される明確と確実とを期さなければならないところ、法律行為ないし意思表示の解釈においてさえ、内心の効果意思から出発して、それが外部にそのまま表示されているか、どうかが問題とされるのではなく、表示された効果意思の内容の確定が問題とされるのであるから、錯誤の有無は先ず表示された効果意思の内容を客観的に確定して、しかる後にそれに対応する内心の効果意思があつたか、どうかによつて決すべきものと考える。したがつて、市長の退職申立の如き公法行為にあつては、なおさら表示された効果意思と内心の効果意思との不一致が表示の内容上外部から知り得ない限り錯誤があるとはいえないのである。しかるに、市長松本長兵衛は、たといみずから証言しているように、対立候補者である市議会議長永田亀之助が退職して市長選挙に臨む以上、みずからも退職して立候補することが当選を有利ならしめるものと政治的判断に基いて退職を決意し、その申立をしたとしても、退職する内心の効果意思はあつたのであるから、その限りにおいては、表示の内容と内心の真意との間には不一致はないのである。また右松本長兵衛が八月三一日をもつて退職申立をしたのは、退職の効果が予定された同日の任期満了による選挙の告示後に生ずるものであるから、任期満了による選挙となり、公職選挙法第二五九条の二の規定の適用がないものと解釈したためであつたとしても、それは、退職申立をする内心の効果意思を決定した動機にすぎないものであるところ、かかる動機は、右松本長兵衛の退職申立および市議会におけるあいさつ、その他において全然現われていないし、意見を問われた議会ならびに選挙管理委員会に対しても表明されていない。しかも、法律行為ないし意思表示理論においてさえ、動機は表明された場合にのみ、法律行為ないし意思表示の内容となるものであるから、単なる動機は、法律行為ないし意思表示の無効を招来するものではないのである。いわんや市長の退職申立のような公法行為にあつては、単なる動機の錯誤は、その無効を来すことはないのである。

2、仮に、市長松本長兵衛の退職申立が被告主張のように錯誤に基くものであつたとしても、被告主張のように従前の公職選挙法第八七条の二の規定が昭和三七年五月一五日法律第一三三号付則第一一項によつて削除され、同法第二五九条の二の規定を新設するに当り、被告県選挙管理委員会は、講習会または自主的に助役会を開催する等して、機会あるごとに右改正法の趣旨の周知徹底を図つていたのであり、上山市選挙管理委員会事務局係長または同市助役らがこれに出席して、改正の趣旨を聞いているのであつて、更に、同市役所においては、課長会を開いて選挙事務に過誤なきを期していたのみならず、市長松本長兵衛も現職のまま立候補できることを知つていながら、前記のように政治的判断に基いて、みずからの当選を有利ならしめようとして、市議会および市選挙管理委員会事務局に照会して、任期満了による選挙の告示予定日である八月三一日をもつて退職の申立をするときは、告示後に退職の効果が発生するので、依然として任期満了による選挙となるものとし意的な独断解釈をして八月三一日をもつて退職の申立をしたのであるから、市長松本長兵衛は、退職申立をするについて、重大な過失を犯したものというべく、みずから錯誤による退職申立の無効を主張してこれを是正するために退職の意思を変更して、退職申立を撤回することは許されないものというべきである。

と述べた。

(証拠省略)

被告訴訟代理人は、主文同趣旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告ら主張の第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実は認める。

三、同第三項の事実は否認する。

四、同第四項の事実中原告ら主張の選挙告示が法規に違反しているとの点は否認するが、その余の事実は認める。ただし、昭和三七年八月三一日の立候補届出の受付は、同日午前八時三〇分からである。また松本長兵衛は、同月一八日市長の退職申立をしたが、同月三〇日これを撤回したので、任期満了に至るまで市長の身分を保有したものである。

五1(一) 同第五項1(一)の事実中原告ら主張の日それぞれ市長松本長兵衛が退職の申立をし、上山市議会がこれに同意し、市議会議長が同市選挙管理委員会に対し、書面をもつてその旨通知し、受理されたことは認めるが、その余の事実は否認する。松本長兵衛は、前記のように市長の退職申立を撤回しているから、原告ら主張の選挙告示は適法である。

(二) 同第五項1(二)の事実中原告ら主張のように市長松本長兵衛の退職申立、市議会による同意、市議会議長から市選挙管理委員会に対する通知およびその受理のあつたこと、松本長兵衛が原告ら主張の日市議会議長に対し、「退職申立の撤回」と題する書面を提出し、右文書が同日同市議会事務局員の佐藤賢二によつて受理されたこと、同日午後五時ころ右佐藤賢二が市議会議長名義の市選挙管理委員会委員長あての「市長の辞任申出撤回について」と題する書面を右委員会の事務局に持参したこと、松本長兵衛の退職申立書には原告ら主張のような記載があることおよび原告ら主張の昭和二三年六月一二日付の行政実例の存することは認めるが、その余の事実は否認する。

2、同第五項2の事実中原告ら主張の選挙において、永田亀之助が松本長兵衛に七〇〇余票の差をもつて落選したことは認めるが、その余の事実は否認する。

六、同第六項の事実は認める。

七、上山市長松本長兵衛は、昭和三七年八月一八日付で、同月三一日をもつて退職する旨申し立てたが、同月三〇日上山市議会議長に対し、右退職の申立を撤回する旨申し出たので、同月三一日には退職しないで、同年九月一五日に任期満了により退職することになつた。上山市選挙管理委員会は、同月三〇日右議長から松本長兵衛が退職申立を撤回した旨通知を受けたので、同年七月二一日の右選挙管理委員会の決定に従い、同月三一日右市長の任期満了による選挙の執行を告示し、その選挙を執行したものであつて、上山市選挙管理委員会の右選挙の執行にはなんらの違法はない。

なお、上山市長松本長兵衛の退職の申立およびその撤回に関する事情は次のとおりである。

1、上山市長松本長兵衛の任期は昭和三七年九月一五日に満了するものであつた。そこで、上山市選挙管理委員会は、同年七月二一日委員会を開催し、右市長の任期満了による選挙を同年八月三一日告示、九月一〇日執行の旨決定し、山形県選挙管理委員会に対しても、同年七月二四日付をもつて、市長の任期満了による選挙および市議会議員の補欠選挙を執行する旨報告をした。

2、市長松本長兵衛は、市選挙管理委員会の右決定を知り、同年八月三一日の任期満了による選挙の告示日において、その告示後退職し、一市民として選挙戦に臨むことを適当と考え、右選挙管理委員会の書記に対し、八月三一日限りで退職するならば、同日以前に退職の申立をしても、任期満了による選挙の執行には変更がないものか、どうかを確めたところ、なんらの変更もなく、したがつて、また公職選挙法第二五九条の二の規定も適用されない旨の答えであつた。そこで、松本長兵衛は、上山市議会議長に対し、同年八月一八日付をもつて、同月三一日をもつて退職したい旨申し立て、上山市議会は、同月二〇日松本長兵衛が退職した上任期満了による選挙に立候補する意思を有することを了承して、右退職の申立に同意し、市議会議長は、同月二一日市選挙管理委員会に対し、右退職の申立のあつたことを通知した。右松本長兵衛および市選挙管理委員会委員、同事務局員らはもとより市議会議員、同事務局員ら関係者のすべては、市長松本長兵衛の退職申立にもかかわらず、任期満了による選挙の執行にはなんらの変更も生ぜず、予定どおり任期満了による選挙が執行され、松本長兵衛は、右任期満了による選挙に立候補するものであり、かつ、それは法律上当然のことであると信じ込んでいた。後に、右八月一八日付の退職申立により、任期満了による選挙が退職申立による選挙の執行に変更されなければならないものとは関係者の何人も気づかないところであつた。

3、ところが、その後、山形県選挙管理委員会事務局において、上山市長松本長兵衛が同年八月一八日付で退職の申立をしたことを知つたので、同月二八日上山市選挙管理委員会に対し、市長の選挙は、公職選挙法第三三条第一項の規定による任期満了による選挙であるのか、それとも同法第三四条第一項の規定による退職申立による選挙であるのかを照会したところ、上山市選挙管理委員会は、任期満了による選挙である旨を回答した。山形県選挙管理委員会は、右上山市選挙管理委員会の回答について、検討したが、右市選挙管理委員会の取扱には公職選挙法上疑義が存するとの見解に達したので、直ちに自治省選挙局に対し、質問したところ、同年八月三〇日午後二時ころ同省の見解として、(1)、退職の効果が八月三一日の任期満了による選挙の告示後に生ずるものであつても、選挙の告示前に市長から退職の申立があれば、選挙は、公職選挙法第三四条の規定に従い、退職の申立によるものとして行うべきであつて、同法第三三条の規定により任期満了による選挙を行うのは違法であること、(2)、市長がその申立にかかる退職の効力の発生するまでに(かつ、任期満了による選挙の告示前までに、すなわち八月三〇日中に)市議会議長に対し、退職の申立を撤回するならば、右市長の任期は、予定どおり九月一五日に満了することになり、八月三一日に任期満了による選挙の告示をし、その執行をすることができる旨を回答して来た。そこで、同日山形県選挙管理委員会書記長松田英四郎は、上山市選挙管理委員会書記長酒井寿男を県選挙管理委員会事務局に招致し、自治省の見解を県選挙管理委員会の見解として伝え、更に松本長兵衛が退職の申立を撤回するか、どうかは全く同人の自主的判断によるべきものであること、その結果によつて、公職選挙法第三三条または第三四条の規定による選挙を行うことになることおよび適正な選挙の管理執行が行われるように最善の配慮をすることを注意した。右酒井寿男は、右松田英四郎の注意を受けるや、電話で、上山市庶務課長心得大場安吉に対し、右県選挙管理委員会書記長松田英四郎の見解と注意とを市長松本長兵衛に伝えて処理するよう連絡をした。ところが、同年八月三〇日午後四時三〇分ころ松本長兵衛からの市議会議長あての退職申立の撤回書が右大場安吉によつて市議会事務局に持参され、同事務局の書記佐藤賢二によつて受理された。なお、このころ市議会事務局においては、事務局長小関範夫は、会議で花巻市に出張して不在であり、係長石塚庄太郎は、右退職申立の撤回手続に関連して、急きよ事務局長小関範夫を迎えるべく仙台市に出向き不在であり、また議長は、非常勤であるから登庁していなかつた。右佐藤賢二は、右撤回申立書を受理するや、直ちに市選挙管理委員会に対し、市議会議長名をもつて市長から退職申立撤回のあつたことの通知を発し、右通知書は、同日午後五時ころ市選挙管理委員会事務局に到達した。市選挙管理委員会は、右通知および前後の事情から、松本長兵衛の退職申立は八月三〇日撤回されたことおよび右撤回は有効であることを確認したので、同月三一日市長の任期満了による選挙の告示をした。なお、市議会事務局においては、同月三〇日午後一〇時三〇分ころ事務局長小関範夫および係長石塚庄太郎が帰庁し、市選挙管理委員会委員、同書記長酒井寿男、同係長佐竹源治、市議会事務局書記佐藤賢二らから、市長松本長兵衛より退職申立の撤回書が提出された旨の報告を受けた(しかし、事務局長小関範夫は、右撤回の効力について直ちに納得せず、翌同月三一日山形県選挙管理委員会に出向き、説明を受けたところ、これを了承した。)。右小関範夫は、同月三一日午後二時三〇分ころ市議会議長をその自宅に訪問して、右市長の退職撤回事件について報告した。そして、同日午後五時ころ市長の退職申立の撤回の報告を行うため市議会運営協議会を開催し、全員一致をもつて、右退職申立の撤回を承認した。

八1、退職申立の撤回については、法文上なんらの規定はないので、条理上退職の効果が発生するまでは、原則としてこれを許すべきものと解するのが至当である。また退職の申立の撤回について、このように解しても、なんらの支障は生じない以上、個人の利益確保のため当然かく解さなければならない。本件においては、市長松本長兵衛の退職の申立は、昭和三七年八月三一日をもつて退職したい旨のものであるから、同日限りをもつて退職の効果が発生するものであるところ、松本長兵衛は、退職の効果の発生する日である八月三一日の前日に市議会議長に対し、撤回の申立をしているのであるから、右撤回の申立は許されるべきものである。

2、右退職申立の撤回は、市議会議長に対する申出のみで十分であり、市議会の同意もしくは承認を要するものではない。そもそも市長の退職の申立は、市議会議長に対して行うものであつて議会に対し行うものではない。これは、法定の予告期間をおいて退職しようとする場合でも、予告期間を短縮して退職しようとする場合でも同一である。すなわち予告期間を短縮して退職しようとする場合といえども、議会に対して退職の申立をするのではなく、また退職について議会の同意を求めるものではない。地方自治法第一四五条によると、本文において、「退職しようとするときは、………議会の議長に申し出なければならない。」とあり、但し書において、「議会の同意を得たときは、その期日前に退職することができる。」と規定されているのである。この文理に徴しても、議会の同意は、市長が退職するか、しないかに関するものではなく、単に退職の期日の決定に関するものであることが明らかであり、市町村長の場合は、二〇日間の予告期間を繰り上げることについて同意を与えるものに過ぎない。そして、退職期日を法定期日より繰り上げることは、議会が長の自己の都合から法定予告期間をおかないで退職したいという希望を申し出たのに対して、これを認めてもなんら行政上支障はないものとの議会の判断に基き、右希望を容認する趣旨のものにすぎない。したがつて、議会の同意があつたからといつて、退職の効果が発生するものでないこともまた明らかなところである。同意は、いわば、退職の申立の補完的作用をなすにすぎず、退職の申立とは別に新たな利害関係もしくは法律関係を形成するものではない。したがつて、また後に退職の申立が撤回されても、同意という点に関連しては、なんらの実害を生ずる余地がないのであり、議会の同意は、退職申立の撤回を不可能ならしめるに足りる新たな行政秩序もしくは公秩序とはいい得ないものである。本件についていえば、市長松本長兵衛の退職の申立は、昭和三七年八月一八日付であるから、議会の同意が得られた場合には、同月三一日に退職することになるし、同意が得られない場合には同年九月七日に退職することになるに過ぎない。仮に、八月一八日付で、退職をしようとする期日をあらかじめ定めないで、退職の申立をしたとすれば、やはり九月七日に退職することになり、議会の同意は、松本長兵衛が八月三一日限りで退職することになるのか、九月七日限りで退職することになるのかということに関係があるに過ぎない。なお、本件においては、昭和三七年八月三一日市議会議長に対し、市長の退職申立の撤回のあつたことの報告が行われ、かつ同日市議会運営委員会においても、異議なく了承されているのであるから、関係者間において全く異議の存しないことでもある。

3、市長松本長兵衛の右退職申立の撤回について、これを許さないとするような特段の事情はない。一般に、私人の公法行為に対し、一定の行政行為がなされた後においては、撤回が許されなくなるということは、私人の公法行為に対応する行政行為があつて、私人の行為の効果意思の内容が実現され、または実現されないことと決つた後においては撤回を許さないとする趣旨であり、それは結局個人のし意により行政秩序が犠牲に供されることを防ぐ意に外ならないのである。しかし、私人の公法行為に関し、およそ行政行為があつた場合には、すべて撤回が許されなくなるというのではない。例えば、異議の申立に対し、その受理、補正命令、証拠調の決定、証拠調の実施、異議の決定案の審理等の行政行為(もしくは準行政行為)(これらの行為は、それぞれ一定の公法上の効果を有するものである。)があつたからといつて、異議の申立を取り下げることが許されなくなるものではなく、異議の申立に対応する異議の決定という行為があつて、異議の申立がその目的を達成して、初めて、その取下が不可能となることに鑑みても、およそ行政行為があれば、撤回は不可能であるとは解されないことが明らかである。退職の申立の効果意思は、「退職」ということであり、退職の効果を発生させるために特別の行政行為が行われることはなく、一定の期日が到来するまでは、撤回は可能と解すべきである。議会の同意後であるからといつて、それによつて、直ちに退職の申立の撤回が信義に反することにはならない。すなわち、個人のし意により行政秩序が犠牲に供されることにはならないからである。公職選挙法第一一四条の規定によると、市選挙管理委員会は、市長の退職の申立があつたことの通知を受けた場合には、選挙を行わなければならない旨定められているが、同法第三四条の規定によると、その選挙は、右の通知を受けた日の翌日から起算して五〇日以内に行えば足りるものであるから、退職の申立のあつた旨の通知を受けて直ちに選挙を行う必要もない。本件についていえば、八月二二日から起算して五〇日目に当る一〇月一〇日までに選挙が行われればよいのである(告示は、その一〇日前に行う。)。したがつて、選挙を行うべきものとしても、それは、観念的なものに過ぎず、これをもつて新しい行政秩序ということはできない。もつとも退職の申立に基き、後任の長の選挙の期日が告示された場合には、信義に反し、撤回は許されなくなるものと解される余地がある。選挙は、後任者の選任手続である以上、単に「退職の申立」のみならず、「退職」を前提とするものであるほか、選挙期日の告示により候補者の届出等新たな利害関係が形成されるので、当然退職申立とは別個新たな行政秩序が生ずるともいい得るし、またこれが根底から覆えされるときは、行政上の利害が害されるものといい得ることとなる。すなわちこの段階において、退職の申立の撤回を許すことは、個人のし意により行政秩序を犠牲に供することになるので、この場合には退職の効果発生前といえども信義に反するものとして撤回は許されないものと解されよう。仮に、原告ら主張の如く、退職の効果の発生前においても、議会の同意後においては一般的には撤回は許されないものとする立場に立つとしても、前記の同意の性質、効果に照らし、具体的な事情と場合とにより撤回は許されるべきものである。本件においては、市長松本長兵衛が昭和三七年八月一八日退職を申し立て、同月三一日をもつて退職する場合は、関係者のすべてが任期満了による選挙が行われるものであり、かつ公職選挙法第二五九条の二の規定の適用がないものと信じており、何人も、退職の効果が選挙の告示後に生ずるものと思つていたこの場合の選挙が退職申立による選挙に変更されるものであるとは考えていなかつたものである。もしも、市長松本長兵衛および関係者がこのことを知つておれば八月一八日に松本長兵衛の退職の申立はあり得ないことであつた。ところが、思いがけなくも、県および自治省から右誤りを指摘され、全関係者が所期していた市長の任期満了による選挙を実施するため市長退職申立の撤回が行われたのである。要するに、関係者のすべてに法律の解釈について重要な錯誤があり、それは無効もしくは取消に値する重大なかしであつたのである。したがつて、右撤回は、右かしの是正ともいうべきもので、松本長兵衛の真意にはなんら変更はないのである。むしろ、関係者の意図に反する結果を生ずる退職申立手続を是正し、本来の姿に戻すために行われたものである。そのようなわけで、同月一八日右市長の退職申立があつても、関係者は、新たな退職による選挙手続の用意は全く行つていないほか、市長の退職を前提とする処置はなんら行われていない。したがつて、市長松本長兵衛の右退職申立の撤回は、行政秩序を犠牲に供しないばかりでなく、かえつて行政秩序を維持、安定させ、なんら信義にも反しないものであるから、当然許されるべきものといわなければならない。

4、右のとおり市長松本長兵衛の退職申立の撤回が有効である以上、本件選挙が任期満了による選挙として執行されたことにはなんらの違法はない。市議会議長から市選挙管理委員会に対する通知の如きは、たといその効力がどうであれ、右選挙が適法であることとはそもそも関係のないことである。公職選挙法第一一一条の規定等に選挙の事由に関する通知についての定めがある場合でも、選挙の事由に関する通知は選挙執行の要件ではない。任期満了による選挙は、市長の任期満了という事実によりその事由が発生するものであつて、市議会議長からの通知により初めてその事由が発生するものではないからである。まして、本件における撤回の通知については、明文の規定もないので、なおさらのことである。仮に、本件とは反対に市議会議長から市選挙管理委員会に対し、市長の退職の申立があつた旨の通知があつたとしても、退職の申立の事実のない場合には、議長からの右通知を前提とする市長退職申立による選挙の執行は違法たることを免れ得ないこと明白である。このことからしても、右通知を選挙事由の発生もしくは選挙執行の要件と解することの誤りであることが明らかである。また市議会議長から市選挙管理委員会に対する通知は、単なる事実の通知であつて、事実を明らかにし、選挙管理委員会の事務処理の適確を期するためのものに過ぎない。たとい市議会議長からの通知がなくても、市選挙管理委員会において、退職申立の事実を知り、それを真実にして有効であると確認し得るときは、その客観的事実に基き、任期満了による選挙の手続を進めることができ、その選挙の執行にはなんらの違法がないものである。本件においては、前記の如く、昭和三七年八月三〇日は、市議会議長は登庁しておらず、事務局長および係長は出張して不在であつたこと、同月三一日の任期満了による選挙の告示日を翌日にひかえ、緊急に処理することを要する事件であつたこと、市長の退職申立の撤回の通知は、単なる事実の通知であつて、裁量もしくは判断を要する余地は全くないものであること、従来上山市議会事務局における事務分担および事務処理方式は明確でなく、必要に応じて適宜な方法で処理されていたものであること、以上の各点を総合して考えれば、市議会事務局書記佐藤賢二の右通知書の発送は適法であり、有効なものと解される。仮に、佐藤賢二の通知書発送の権限に問題があつたとしても、八月三〇日夜もしくは同月三一日夕方までには市議会事務局の係長、事務局長、更に議長に報告され、了解を得ているので、右かしは治ゆされ、同月三〇日の通知は適法化されたものということができる。なお、退職の申立撤回の通知の受理については、公職選挙法第二七〇条の二の規定は適用されない。上山市役所においては、午後五時以降においても、文書の受理は可能であるから、たとい上山市選挙管理委員会が同月三〇日午後五時以降に市議会議長からの市長の退職申立の撤回に関する通知書を受理したとしても、それは当然八月三〇日の受理として扱われるものである。

以上1ないし4の法律的主張については、昭和三四年六月二六日、昭和三七年七月一三日、昭和二八年五月一五日の各最高裁判所の判決においても明確にされているところである。

5、昭和三一年法律第八号公職選挙法の一部を改正する法律により、第八七条の二の規定が新設され「都道府県知事又は市長の職の退職を申し出た者は、当該退職の申立があつたことに因り告示された都道府県知事又は市長の選挙における候補者となることができない」。旨規定された。これは、現職の長が任期の途中において、自己に有利な時期を選んで選挙を行うとするいわゆるくい逃げ選挙を防止せんとする規定であつた。しかし、これでは全面的な立候補禁止であるため長が任期途中において、自己の信任を問うために選挙に訴えることが不可能となり、不都合であるため昭和三七年五月一五日施行、法律第一三三号地方自治法の一部を改正する法律の付則第一一項により、右規定を削除し、新たに公職選挙法第二五九条の二の規定が新設されたものである。したがつて、右規定は、そもそもくい逃げ選挙を防止することに由来するものである。ところで、本件においては、市長松本長兵衛の任期は、昭和三七年九月一五日に満了するものであり、上山市選挙管理委員会は、同年七月二一日既に、任期満了による選挙を同年八月三一日告示、同年九月一〇日執行と決定し、この旨を県選挙管理委員会にも報告し、公表もしていたのである。そして、候補者としては、当時の市長松本長兵衛、市議会議長永田亀之助が予定されていた。このような状況の下において、松本長兵衛は、八月一八日付をもつて、同月三一日に退職したい旨を申し出て、永田亀之助は、同月二一日退職の許可を得ている。したがつて、本件は、いわゆるくい逃げ選挙とは全くその事情を異にするものである。このような事案についてまで公職選挙法第二五九条の二の規定が適用されることは立法趣旨に照らし、著しく不合理なことである。したがつて、右の立法趣旨は、本件における撤回の有効の判断に当り、一の事情としてしん酌されるべきで、不合理な結果が生じないようにされなければならない。

6、原告ら主張の昭和二三年六月一二日付の行政実例は、議会の同意という手続を経ない退職の申立(法定の予告期間をおくもの)の場合には、退職の期日まではその撤回は可能であるとし、議会の同意を得た場合には、退職の期日前であつても、その撤回は不可能であるとするものであるが、その理由は不明である。あるいは、右行政実例は、市長の期日前の退職申立に対し、議会が同意の議決をした後においては、それは既に一定の公的秩序が形成されているのであるから、退職申立の撤回を許さないと解するのかも知れないが、市長の期日前の退職申立と、法定の予告期間を置く退職の申立とで、直ちに公的秩序が形成されたといい得ないことは被告の前記主張のとおりであるから、右行政実例をたやすく採用することはできない。

九、上山市選挙管理委員会は、市長の任期満了による選挙を執行し、それが適法である以上、市民にその周知を図ることは当然であり、決して違法なことではない。むしろ望ましいことであるのみならず、本件の場合右のような広報活動をしなかつたとすれば、かえつて市選挙管理委員会が職務怠慢として非難され、その責を問われたはずである。

とこのように述べた。

(証拠省略)

理由

昭和三七年九月一〇日山形県上山市において、市長の任期満了による市長選挙が執行され、その結果、候補者松本長兵衛が一一、一九一票、同永田亀之助が一〇、四七九票の有効得票数で松本長兵衛が当選したことおよび右選挙の効力を争う原告らの訴願に対する山形県選挙管理委員会の裁決書が昭和三八年四月二四日原告らに送達されたことは当事者間に争いがない。

そこで、本件選挙について、原告らが主張するように、市長の退職申立による選挙を執行すべきであるのに、市長の任期満了による選挙を執行した違法があるか、どうかについて検討する。

上山市長松本長兵衛の任期が昭和三七年九月一五日に満了するものであつたこと、そこで、上山市選挙管理委員会は、同年七月二一日委員会を開催し、右市長の任期満了による選挙を同年八月三一日告示し、同年九月一〇日執行する旨決定し、山形県選挙管理委員会に対しても、同年七月二四日付をもつて、市長の任期満了による選挙および市議会議員の補欠選挙を執行する旨報告をしたこと、市長松本長兵衛は、上山市選挙管理委員会が右決定をしたことを知つたこと、次いで、市長松本長兵衛は、同年八月一八日上山市議会議長永田亀之助に対し、一身上の都合を理由として、同月三一日をもつて、市長を退職する旨申立をしたこと、これに対し、上山市議会は、同月二〇日の会議において、右市長の退職申立に同意を与え、右議会の議長木村庄次郎は、同月二一日書面をもつて、上山市選挙管理委員会に対し、右市長の退職申立のあつたことおよび右申立に対し、上山市議会が同月二〇日の会議で同意を与えた旨を通知し、右選挙管理委員会は、同日右通知書を受理したこと、ところが、市長松本長兵衛は、同月三〇日右議会議長に対し、「退職申立の撤回」と題する書面を提出し、同月一八日にした退職申立を撤回する旨意思表示をし、右書面は、同日同市議会事務局員の佐藤賢二によつて受領されたことは当事者間に争いがなく、次に、成立に争いのない乙第三、四号証の各一、二、第五号証の一、二、三、第六号証の一、二、第一三、一四号証に、証人木村富郎、酒井寿男、佐竹源治、松本長兵衛、鈴木啓蔵、大場安吉、佐藤賢二、木村庄次郎、小関範夫、石塚庄太郎、佐藤六郎兵衛、柴田唯雄、中村啓一の各証言を総合すると、前記上山市選挙管理委員会の決定を知つた市長松本長兵衛は、同年八月三一日の任期満了による選挙の告示日において、その告示後退職し、一市民として自由、公平な立場で選挙に臨むことを適当と考え、同月一四、五日ごろ上山市庶務課長心得大場安吉に対し、退職申立書の起案を命じたところ、右大場安吉は、右市長の意を体し、市議会事務局長小関範夫および上山市選挙管理委員会選挙係長佐竹源治に対し、右退職申立書の案文等について問い合わせ、かつ右佐竹源治に対し、八月三一日限りで退職すれば、同日以前に退職の申立をしても、任期満了による選挙の執行に変更がないか、どうかを確めたが、なんら変更がない旨の返答を得たこと、そこで、市長松本長兵衛は、右趣旨を了承し、市議会議長に対し、右のようにして作成された退職申立書を提出して、前記のように退職の申立をし、市議会がこれに同意を与え、市議会議長がその旨市選挙管理委員会に通知したこと、そして、右市長松本長兵衛の退職申立に当つては、松本長兵衛本人および市選挙管理委員会委員、同事務局員らはもとより市議会議員、同事務局員ら関係者のすべては、市長の退職申立にもかかわらず、任期満了による選挙の執行にはなんらの変更もなく、予定どおり任期満了による選挙が執行され、松本長兵衛は、右任期満了による選挙に立候補するものであり、法律上もそれで不都合はないものと思つていたこと、ところが、その後、山形県選挙管理委員会事務局において、上山市長松本長兵衛が同年八月一八日付で退職の申立をしたことを知つたので、同月二八日上山市選挙管理委員会に対し、市長選挙は、公職選挙法第三三条第一項の規定による任期満了による選挙であるのか、それとも同法第三四条第一項の規定による退職申立による選挙であるのかを照会したところ、上山市選挙管理委員会は、任期満了による選挙である旨回答したこと、山形県選挙管理委員会は、右上山市選挙管理委員会の回答について、検討したが、右市選挙管理委員会の取扱には公職選挙法上疑義が存するとの見解に達したので、直ちに自治省選挙局に対し、質問したところ、同月三〇日午後二時ごろ同省選挙局から本件の場合の右質問に対し、(1)、退職の効果が八月三一日の任期満了後に生ずるとしても、選挙の告示前に市長から退職の申立がある以上、選挙は、公職選挙法第三四条の規定に従い、退職の申立によるものとして行うべきであつて、同法第三三条の規定により、任期満了による選挙を行うのは違法であること、(2)、市長がその申出にかかる退職の効力の発生するまでに、かつ任期満了による選挙の告示前までに、退職の申立を撤回するならば、右市長の任期は、予定どおり九月一五日に満了することになり、八月三一日に任期満了による選挙の告示をし、その執行をすることができる旨を回答して来たこと、そこで、同日山形県選挙管理委員会書記長松田英四郎は、上山市選挙管理委員会書記長酒井寿男および同委員会選挙係長佐竹源治を県選挙管理委員会事務局に招致し、右自治省選挙局からの回答を県選挙管理委員会の見解として伝え、更に、市長松本長兵衛が退職の申立を撤回するか、どうかは全く同人の自主的判断によるべきものであること、その結果によつて、公職選挙法第三三条または第三四条の規定による選挙を行うことになることおよび適正な選挙の管理執行が行われるように最善の配慮をすることを注意したこと、右酒井寿男は、右松田英四郎の注意を受けるや、電話で、上山市庶務課長心得大場安吉に対し、右県選挙管理委員会書記長松田英四郎の見解と注意とを市長松本長兵衛に伝えて処理するよう連絡し、また市議会事務局の主事佐藤賢二に対しても、自治省から右のような回答のあつたことおよび右庶務課長心得大場安吉から市長の退職申立の撤回書が提出された場合は、至急市選挙管理委員会に対し、その旨通知してもらいたい旨連絡して帰庁したこと、右連絡を受けた右庶務課長心得大場安吉は、早速市長松本長兵衛に右の事情を告げて、同市長の真意をただしたところ、同市長は、その自由なる意思決定により退職申立を撤回することにし、右大場安吉の起案した市議会議長あての同日付退職申立の撤回書に署名押印して、右書面を同人に交付し、同人をして同日午後四時三〇分ごろこれを市議会事務局に提出させて、退職申立撤回の意思表示をし、右書面は、同事務局主事佐藤賢二によつて受領されたこと、ところが、そのころ市議会事務局においては、事務局長小関範夫は、会議で花巻市に出張して不在であり、係長石塚庄太郎は、右退職申立の撤回手続に関連して急きよ右小関範夫を迎えるべく、仙台市に出向き、不在であり、議長は、非常勤であるので登庁していなかつたこと、しかし、事は急を要する事態であつたので、右書面を受領した佐藤賢二は、市選挙管理委員会に対する通知については、後に上司の承認を受けることにし、前記酒井寿男に右撤回通知書の案文について問い合わせ、市議会議長名義の同日付「市長の辞任申出撤回について(通知)」(乙第二号証)と題する書面を作成し、これを同日午後五時一〇分ごろ市選挙管理委員会に提出して、右市長の退職申立の撤回のあつたことを通知したこと、市選挙管理委員会においては、右書面を受理した後、右選挙管理委員会委員長らがこれを閲覧し、同委員会係長佐竹源治が適宜右書面の受付印の下部にこれを受理した時刻として午後四時四五分と記載したこと、かくて、市選挙管理委員会は、右通知および前後の事情から市長松本長兵衛の退職申立は、八月三〇日撤回されたことおよび右撤回は、有効であることを確認したので、同月三一日市長の任期満了による選挙の告示をしたこと、なお、市議会事務局においては、同月三〇日午後一〇時三〇分ごろ事務局長小関範夫および係長石塚庄太郎が帰庁し、市選挙管理委員会書記長酒井寿男、同選挙係長佐竹源治、市議会事務局主事佐藤賢二らから、右市長より退職申立の撤回書が提出された旨の報告を受け(しかし、事務局長小関範夫は、右撤回の効力について直ちに納得せず、翌同月三一日山形県選挙管理委員会に出向き、説明を受けたところ、これを了承した。)、次いで、右小関範夫は、同月三一日午後二時三〇分ごろ市議会議長をその自宅に訪問して、右市長の退職申立撤回のあつたことを報告したことおよび前記議会の同意があつた後、右市長の退職申立の撤回が許されるか、どうかについて疑念を持つていた市議会議長の発案により、同日午後五時ごろ市長の退職申立の撤回について報告を行うため市議会運営協議会を開催し、市選挙管理委員会書記長酒井寿男から右市長の退職申立の撤回について説明があり、質疑応答を経た結果、終局的には全員一致をもつて、右退職申立の撤回を承認したことを認めることができる。

原告らは、市長の退職申立について、議会の同意があつた後は、退職申立の撤回は許されない旨主張するので、案ずるに、地方自治法第一四五条は、市長の退職について、「普通地方公共団体の長は、退職しようとするときは、その退職しようとする日前、都道府県知事にあつては三十日、市町村長にあつては二十日までに、当該普通地方公共団体の議会の議長に申し出なければならない。但し、議会の同意を得たときは、その期日前に退職することができる。」と規定し、右規定によると、市長は、退職の申立をすれば、その申立により、申立の日と退職の日との間に一九日の期間をおいて、右法定の期日には当然退職することになり、例外として、市議会の同意を得たときに限つて、右法定の期日前にも退職することができることになつているのであるが、市長が一たん退職の申立をした場合、これを撤回できるか、どうかについては、法文上なんらの規定がないので、一般法理の見地に従い、解釈するの外はない。この見地に立つて考えてみると、市長の退職の申立により、その所期する退職の効果が発生した後においては、右申立の撤回は許されないものと解すべきはもちろんであるけれども、退職の効果の発生前において、退職の申立の撤回を許しても、市長の選挙、退職について規定する地方自治法、その他一般の法の精神に反するとは認められないから、原則として右退職の申立の撤回は許されるものと解すべきである。しかし、右退職申立を前提とし、更に進んで、公職選挙法第一一四条の規定による選挙の期日の告示がある等一定の公的秩序が生じたような場合にまで無制限にその撤回を許すときは、場合により信義に反する退職申立の撤回により折角生じた公的秩序が犠牲に供せられる結果となるから、このように撤回が信義に反するような特段の事情の存する場合には、退職の効果の発生前においても、退職申立の撤回は許されないものと解するのを相当とする。そして、市長の退職申立に対する市議会の同意は、前記地方自治法第一四五条の規定自体により、窺い得るように、市長が退職するか、しないか、それ自体に関する同意ではなく、右法条の規定する法定期日前の退職期日に関する同意であると解するのが相当であるから、右同意によつて、直ちに退職の効果が発生するものではなく、同意の有無による退職申立の効果の差異は、同意がなければ、法定期日に退職することになり、同意があれば、法定期日前にも退職することができるということにあるにすぎない。したがつて、市長の退職申立に対し、議会の同意があつたからといつて、それだけで、いちがいに退職申立の撤回が許されなくなるものと断定することはできない。これを本件についてみるのに、前認定説示のように、市長松本長兵衛は、市長退職の申立をするに当り、本件選挙に一市民として自由、公平な立場で臨みたいとの考えから、上山市選挙管理委員会係員の意見も参酌し、昭和三七年八月三一日をもつて退職すれば、同日の市長の任期満了による選挙告示後に退職することになるからとの理由で、市長の任期満了による選挙に臨み得るものと誤信していたものであるところ、それが後に県選挙管理委員会の指示により誤りであると指摘されて退職申立を撤回し、しかも右撤回当時はまだ右退職申立を前提とする選挙の告示もなく、新しい公的秩序が形成されていない状況にあつたことが明らかであり、その他前認定の市長松本長兵衛の市長退職の申立およびその撤回についての経過、事情によると、本件市長松本長兵衛のした退職申立の撤回は到底信義に反し許されないものとは認めることができない。原告らの本主張は採用することができない。

なお、原告らは、右市議会の同意のあつた昭和三七年八月二〇日市議会議員永田亀之助も松本長兵衛の退職に呼応して、市長立候補を理由に議員を辞職した事実があるから、市長の退職申立後において、法的秩序に変更が生じた旨主張するが、前認定説示のように、市長松本長兵衛の任期は、同年九月一五日に満了することになつており、いずれにしても、市長選挙の執行は目前に迫つているのであり、また市長の任期満了による選挙であれ、退職による選挙であれ、永田亀之助が右選挙に立候補するには議員を辞職しなければならなかつたのであるから、原告らの右主張事実の存在をもつて、右市長の退職申立の撤回を許さないとする事由とすることはできない。原告らの本主張は採用することができない。

また原告らは、上山市議会議長から同市選挙管理委員会に対する市長松本長兵衛の退職申立の撤回についての通知書は偽造のもので、右選挙管理委員会は、右議長から右通知を受けていない旨主張するが、前認定、説示のように、市長松本長兵衛が市議会事務局に退職申立の撤回書を提出した当時は、議長も、事務局長も、係長も不在であり、主事佐藤賢二がこれを受領したが、事急を要し、当日中に議長から市選挙管理委員会に対し、右撤回の通知をすべき状況にあつたので、右佐藤賢二は、市議会議長名義をもつて、右選挙管理委員会委員長あての通知書を作成して、これを右選挙管理委員会事務局に持参したことが明らかであり、右通知は、なんら裁量を要しない行為であつて、議長が市長の退職申立の撤回の意思表示を受ければ、当然直ちに市選挙管理委員会に通知すべき性質のものであるところ、この場合の通知の方式についてはもちろん明文の規定がなく、証人佐藤賢二および木村庄次郎の各証言を総合すると、当時上山市議会事務局においては、右佐藤賢二は、文書の収受、発送の事務にも従事し、発信文書の起案をし、上司の決裁を得て、文書を作成の上、これを発送し、また裁量を要しない市議会議員に対する定例の通知書等文書によつては、議長が非常勤であるので、事務局長において専決処分をし、後に議長の決裁を受けることもあり、いずれにしても、佐藤賢二は、文書発送の権限を有していたことを認めることができるから、佐藤賢二が右通知書を作成して、みずからこれを市選挙管理委員会に持参してした右市長の退職申立の撤回の通知は、有効のものであると解すべきである。原告らの本主張は採用することはできない。

また原告らは、右通知書が市選挙管理委員会に到達したのは、午後五時過ぎであるから、公職選挙法第二七〇条の二の規定により、同日受理されたことにはならない旨主張するが、右規定は、本件の場合の市議会議長から市選挙管理委員会に対する通知のように公的機関相互の間の通知には適用がないものと解するのを相当とするから、原告らの本主張は採用することができない。

したがつて、本件選挙には、市長退職による選挙を執行すべきであるのに、市長の任期満了による選挙を執行した違法はないものといわなければならない。

次に、本件選挙に、原告ら主張のような選挙干渉の違法があつたか、どうかについて検討する。

叙上説述によると、上山市選挙管理委員会が候補者松本長兵衛に当選を得しめる目的をもつて、原告らが請求原因として主張する第五項2(一)、(二)記載のような行為をした事実のないことはおのずから明らかである。

また原告らが請求原因として主張する第五項2(三)の事実については、証人木村富郎、酒井寿男、佐竹源治、佐藤六郎兵衛、中川利助、川合万太、山口正、梅津茂子、上野トミの各証言を総合すると、本件選挙の告示により、選挙運動が開始されるや、本件選挙が市長の任期満了による選挙として告示されたのにもかかわらず、候補者永田亀之助派は、本件選挙は市長の退職申立による選挙であつて、候補者松本長兵衛が当選しても、市長の在職期間は、退職前の市長が本来任期満了に至るまでの残任期間に過ぎないと主張して、選挙運動をし、これに対し、本件選挙は、市長の任期満了による選挙であると主張するものもあり、また上山市内には、各右両趣旨の記事を記載したビラが配布され、選挙民の間にもいずれの選挙が執行されるのか去就に迷う者が続出し、市選挙管理委員会に対しても、その問合せが殺倒し、告示の趣旨による選挙が執行されない虞が生じたので、市選挙管理委員会としては、市民の右疑念を一掃するため、やむなく同年九月八日、九日の両日にわたり、市内に広報車を繰り出して、本件選挙は、市長の任期満了による選挙を執行するものである旨広報したものであることを認めることができる。

したがつて、本件選挙には、上山市選挙管理委員会が松本長兵衛の選挙を有利にするため選挙干渉をした違法があるということはできない。

よつて、原告らの本訴請求は、理由がないから、これを棄却すべく、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松村美佐男 飯沢源助 野村喜芳)

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